IE9ピン留め
あとがき
一年間、私のブログにお付き合いいただきましてありがとうございました。
本当にたくさんに方々に、「毎日楽しみにしていますよ」ですとか、「毎日大変だね」なんて、時にはお褒めいただいたり、内容に対して賛同いただいたり、厳しい意見をぶつけていただいたりとさまざまな反響をいただきました。
当初、ブログなんて毎日書く予定もありませんでしたし、龍崎総務委員長からの依頼も受けていませんでした。
それが、なぜ書き始めたのかと言いますと、2月20日から始めたのですが、当日の内容は下記のようでした。
今年一年、メンバー一人ひとりと本気で向き合い『素(す)』の自分、相手を理解しあいながら理事長として組織の為に、そして地域の為に取り組んでいきたいと感じました。
単に、理事長としてメンバー全員と真に向き合いたいと思ったからでした。そして毎日更新していくうちに違ったものも見えてくるようになりました。それは、理事長として組織内の誰よりもアンテナを高く広く張り巡らせているので、情報やネットワークを多く持ち合わせることができます。こんな素晴らしいものをメンバー及び市民の皆様に、毎日自分が感じたこと、経験させていただいたことを伝えなければいけないと感じたこともありました。
そしてもう1つ、本年度私の掲げたスローガン、所信のもと、委員長をはじめとします、メンバーの皆さんが懸命に取り組んでいただいている姿をみて、メンバーにお願いしている以上、自分自身も何か毎日メンバーに対してできることは無いものかと考えたものがブログでした。
内容に一貫性も無く、時には何を意図しているのか、何が言いたいのか理解できないものもあったのではないかと思いますが、私は、本当に一年このブログを更新して良かったと強く感じています。だからと言って来年も、『直前理事長のブログ』なんてのは、できません。
なぜか?、それはJCだからです。
この数年でJCや会員である私たちを取り囲む環境は大きく変わってきています。会員数が減少し、組織の特質性が薄らぎつつある一方で会員の企業での役割と責任はますます重くなっています。JCとその会員にとって、ここ数年が踏ん張りどころであることは、現実として直視すべきように思います。
個人がずっと継続的に関わっていくのではなく、いろいろな考え方をする人間が集まって、この地域のことを考えるからこそ、すばらしい発想のもと事業が行えるのです。
よく組織の活性化なんていわれますが、これこそ青年の集うJCなのです。
JCの本質的な価値は、地域に根ざした青年経済人のネットワークから生み出される高い志に基づく、対外事業等によるまちづくりの実践と、それを通して得る人間性の成長にあると思います。メンバー一人ひとりが自己修練、研鑽することにより自分の内面におけるJCの価値を高め、一人ひとりが結束することにより組織としての価値を高め、そして、私達の運動が地域に浸透することにより、地域に必要な団体として価値が高まると考え、取り組んでまいりました。
それぞれに出会いに始まるわけですが、会員相互の付き合い、特別会員との付き合い、市民活動に取り組んでいる方との付き合い、行政との付き合い、企業との付き合い、志を同じくする他の青年会議所メンバーとの付き合い、理事長同士の付き合いなどなど、あげればきりが無いほど、非常に多くの人と出会い、付き合い、共に考え、事業展開し、運動を行ってまいりました。
本年のひとつ一つの出会い、繋がりを大切にしていきたいと思っています。それが私の何よりの財産であると思っています。
伝統と歴史のある社団法人熊谷青年会議所2006年度、第55代理事長を最後まで務められましたのも、皆様のおかげと本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

手段が目的と課した青年会議所活動や自分たちのためだけの活動ではなく、常に地域のことを考え、取り組める組織でなければいけないと私は考えています。
このままでは、誰しもがいけないと思っている熊谷地域を変える、埼玉を変える、日本を変えるために取り組める、取り組まなければいけない組織こそ、JCなのだと思います。
自分を変えられないものに、地域を本当に変えようとなんて思えるはずがありません。
将来のビジョンを持ち、それを実現できると信じて進めば、未来は変えられます。
『何かを変えたい』と思うのであれば、まず『自分自身から』変えなければなりません。そして自分自身が先頭に立って変えなければいけません。
今現在、地域の問題は何なのか、私達はその問題に対し何ができるのか考え、明確な目的を持ち、JCメンバー全員で地域のビジョンを共有し、地域の先駆けとして自由闊達に社会的価値のあることを、これからも創造し、地域の皆様と共に実践していきたいと思っています。

“ 動く! 新たなJC世代として ~新熊谷を築くために~ ” から、
2007年度は第56代井ノ瀬広和理事長の力強いリーダーシップのもと、
“ これから、を「創る」 ” をスローガンに掲げ、さらに発展的な地域に必要とされるJC運動を展開してまいりますので、引き続きのご支援ご協力をお願い致します。

皆様に一年間の御礼を申し上げまして、理事長として最後のメッセージにかえさせていただきます。
本当にありがとうございました。 感謝、感謝!

社団法人熊谷青年会議所 第55代理事長 後藤素彦
# by kumagaya-jc | 2006-12-30 19:35
新たなる地域の創造
“青年”とは、人の社会的・肉体的成長過程における一時期を指し、“青春”とは、人生における若く未熟でありながら元気で力に溢れた時代のことを指すようです。
サムエル・ウルマンの有名な青春という詩をご存知でしょう。

“青春とは人生のある時期ではなく、心の持ち方をいう。薔薇の面差し、紅の唇しなやかな肢体ではなく、たくましい意志、ゆたかな想像力、燃える情熱をさす。青春とは人生の深い泉の清新さをいう。
青春とは怯懦を退ける勇気、安易を振り捨てる冒険心を意味する。ときには、二十歳の青年よりも六十歳の人に青春がある。年を重ねただけで人は老いはしない。理想を失うとき初めて老いる。”(一部抜粋)

夢を抱くのは青年の特権であり、それを実現させるには、志高く、明確なビジョンを持ち、一歩ずつ具体的施策を持って確実に進むことが大切です。
社団法人熊谷青年会議所は2007年度に創立55周年を迎えます。5年という節目を迎える前年度に、55周年以降の運動を円滑に推進するための私達の具体的行動指針として“新熊谷アクションプラン”を策定しました。未来ビジョン創造特別会議を設置し、50周年以降の運動の成果と反省点の検証、メンバーが思い描く地域ビジョンの集約、熊谷地域の特性に応じた運動の方向性の検討等を経て策定したアクションプランです。
昨年実施したアンケート結果からメンバーが思い描くビジョンを分析し、自然環境・人間環境・教育環境・地域環境の4つの分野の視点から熊谷地域の分析を行いました。それらの分析を踏まえ、システム思考の考え方を取り入れて、運動論も含めた熊谷地域の理想的なビジョンを明確にしました。
最終的にビジョンの実現に向けた問題点にも言及し、60周年までの5年間における具体的行動計画として落とし込み、時間軸を捉えた行動計画を策定しました。
これからも共通の理念に向かって活動する組織であり続け、地域のニーズを捉えた運動を推進できる公益性を持った組織でなければなりません。
そのためには、自分達はどのような地域を目指し、どのような目標を掲げ、どのような戦略・戦術を持って取り組み、現在はどの位置にあるのか理解していなければいけません。そんな指針になりえるものがこのアクションプランです。
自立したまち・人を目指す上で、地域教育の実践、豊かな地域資産の活用、安心安全な地域、地域コミュニティの活性が必要であると掲げました。
これを策定したことに満足せず、これからこれに対しての評価をしていかなければいけないのです。もちろん、自己満足的なものではなく、公益性を持って地域がどのように変わったのかという基準、ものさしこそ必要なのです。
本年度策定したものですので、きちんと評価していかなければいけないと思っています。

そして、50年後、100年後を見据え、地域ビジョンをより明確化するために2つの切り口着目し、地域創造室から情報発信し、メンバー全員で地域のビジョンを考え、共有できたものと思います。
新たなる熊谷市のアイデンティティーの創造をはかり、地域を見つめ直すことは今後のまちのビジョンを確立する上で重要なことです。元は中山道の宿場町として栄え、過去には埼玉県北の雄として讃えられた熊谷ですが、これからは独自性を持った存在感あふれる自立した中核都市としての存在価値を高めるとともに、まちのアイデンティティーを明確に示す機会として市町村合併を考え、従来の行財政基盤を強化するための手段としての市町村合併にとどまらず、さらには道州制を見据えた自治体のあり方を考え行動していく必要があります。
また、今日の企業活動においては広くナチュラルステップの考えが導入され、着実な効果を上げています。
しかしながら、個別に環境問題が生じてから対応するのではなく、そのもとから根本的に考え、取り組み、地域のことを考えることも必要です。持続可能(サスティナブル)な地域づくりの基本は、できるだけ環境に負荷をかけない循環型社会を構築することにありますが、環境の保全及び資源・エネルギーの使用量削減などを目標に掲げた社会を実現するためには、省エネ・リサイクル推進、環境行動促進、企業スタイル変革、ライフスタイル変革など、地域社会を構成する個々の企業や市民の意識・行動に踏み込んで考えなければならないと思います。
まさに協働運動でなければならず、サスティナブルな地域を考える上で、「この地域における先人から受け継いだ資産に、新たなる価値を加え次世代に引き継ぐこと」が大切なのです。

まずは、明るい豊かな社会の実現という、あいまいなビジョンではなく、“誰もがいきがいややりがいを持てる地域”、“自立したまち・ひと”等など、誰もがわかりやすいものを掲げることでしょう。

これからますます、青年会議所に問われてくるのは、
地域における問題をどう認識し、JCという組織として地域ビジョンを共有していき「JCだからこそできること」をきちんと追求し、どのように実践して、どう社会を変えられたのか、ということなのでしょう。

『くまがやの未来』  ことな作
# by kumagaya-jc | 2006-12-29 14:24
提言から実践
私たちはいきがいを実感できる 魅力溢れる熊谷を目指します
広い視野と主体性を持って 青年らしく行動します
夢や希望に満ちた 活気溢れる熊谷を創ります

これは、私共、社団法人熊谷青年会議所が2002年、創立50周年の際に策定した、新たなる行動指針『新熊谷創造宣言』です。
熊谷地域のビジョンを『いきがい発見創造地域』とし、「人と人とのふれあいによって繋がりが生まれ、信頼の醸成から夢を創造できる人がいる地域」の実現に向け、人のいきがいにスポットをあて様々な事業を展開してきました。
現在、私たちを取り巻く環境が大きく変わり、価値観や生活様式の多様化により従来の社会では十分な対応ができなくなっています。そして今、行政や企業だけでは支えきれなくなってきた社会を変革する新たな担い手として、注目されているのが市民活動団体でありNPOです。
私達はこの地域において、この地域のことを思い、考え、様々な分野における市民活動を行っている団体同士のネットワークづくり、すなわち、2000年に“くまがや市民活動ふれあいネットワーク”を立ち上げ、共に協力し合いながら事業をおこなう事で市民活動の幅、可能性について取り組んできました。
そして、その市民活動団体やNPOが企業、行政のセクターと同様に一つのセクターとして自立できる新しい社会にする為にはどのようなシステムが必要なのか検討し、目指すべき理想の地域への具体的な取り組みとして市民活動支援センターの設立に関する提言書を策定しました。
また、まちに対して無関心の市民に、少しでも関心をもってもらい、意識の高揚を図るように、いきがいややりがいを実感できる社会の実現に向け、市民活動を切り口として“キャンドルナイトinくまがや”をはじめとする様々な協働事業を展開して参りました。
市民意識の高揚・改革、市民活動が盛んになり、市民運動の定着のみならず、地域において我々の提言した市民活動支援センターが設立をされ、市民活動団体やNPOにとって活動しやすい、自立できる社会が実現されることで、真の意味で「明るい豊かなまち」の実現が達成されると考えます。
単なる施設、ハコが必要なのではなく、支援センターの持つ機能が一つでも満たされれば良いのです。
本年度は提言書の実践を行い、残念ながら支援センター開設には至りませんでしたが、熊谷市市民活動推進課、くまがや市民活動ふれあいネットワークと連携をはかりながら、70団体に対して実態調査を行い、現実に見合った熊谷独自の市民活動支援センター開設に向けて取り組みました。市長のマニフェストにも盛り込まれ、市議会でも取り上げられ、来年度中に具体的な方向性が出され、実現すると思っています。
自分達が行ったという自己満足的な評価ではなく、きちんと結果を残すという評価を下す上でも結果に結び付けられる一年であったと思っています。
そんな中、4月に行いました『市民活動シンポジウム2006“動こう!市民活動支援センター設立に向けて”』、6月に行われました『キャンドルナイトinくまがや』に於きましては、本当に多くの市民活動団体や企業、行政の皆様にご協力いただき、そしてたくさんの市民の皆様に参加していただき、ありがとうございました。
まさに今、市民意識を変えることと社会のシステムを変えることのこの2つにおいてJCとして取り組まなければいけないことしょうし、今年一年取り組んだことこそ、今後の運動の礎になってくるはずです。
手段が目的と課した青年会議所活動や自分たちのためだけの活動ではなく、常に地域のことを考え、取り組める組織でなければいけないと私は考えています。

本年度の運動は、本年度に留まることなく、手法を変えながら私達の目指す地域の実現に向けて、次年度はさらに発展的に地域に必要な団体として運動を展開してまいります。

今の時代、まさに地域を変えてこそ、私達の運動が評価を得るわけです。
公益法人として、真に公のための組織に進化するとき、しなければいけないときなのです。
# by kumagaya-jc | 2006-12-28 16:24
2006年 キーワード1位 「核実験」
2006年を振り返ってみると、さまざまな出来事がありましたね。
グローバルな視点、ローカルな視点、世界、日本、埼玉県、熊谷地域を見渡しても、経済、政治、教育、コミュニティ、文化、スポーツなどあらゆるジャンルにおいてもめまぐるしい変化があった年だったと思います。
枠組みやジャンルを決めずにあなたが選ぶ2006年のキーワードはなんでしょうか。
新聞約70紙と雑誌約150誌の記事データベース “ ELNET ” を提供する「エレクトロニックライブラリー社」が2006年を振り返るキーワードランキングを発表しました。
データベースに登録されている1940000語のキーワードのヒット数の増減を数値化して分析したもののようですが、約200万語という数の多さに驚かされます。
トップは北朝鮮の“核実験”が上げられました。第3位のミサイル発射とあわせ、日本にとどまらず世界的に衝撃を与えました。そして中東におけるイスラエルとレバノンのイスラム教シーア派組織 “ ヒズボラ ” (8位)との戦闘が激化して未だに火種はくすぶっていることに象徴されるように、テロなど世界平和を脅かすものに着目された年でもあったのでしょう。
国内に目を向けてみますと、政治では “ 安倍政権 ” の誕生(4位)に注目が集まり、政権の重要課題と位置づけた「教育」の分野で、 “ いじめ ” (7位)や “ 未履修問題 ” (9位)が相次ぎ、遺書を書き記したうえで、子ども達や教員自らの命を絶つという悲しい事件が起こるなど波紋が広がりました。加えてタウンミーティングのやらせ問題が安倍政権に追い打ちをかけ、組閣された頃の好評から支持率も最近の世論調査では低迷気味になってしまっているようです。初の戦後生まれの首相として注目を集め、JCの事業でも講演いただくなど若者から共感を得て私達と同世代の首相として、今後も末永く日本のトップリーダーとして頑張っていただきたいものです。
その他では、 “ 飲酒運転 ” (5位)や “ 耐震強度偽装 ” (2位)など、安全やモラルが根底から揺るがされる事件も多かったのではないでしょうか。
特に飲酒運転に関しては、先日身近なところで熊谷の中学校教員が飲酒運転で逮捕されるという、あきれた事件がありました。新聞にも取り上げられましたが、翌日、全校生徒を集め校長先生から謝罪と説明があったそうです。子ども達が、社会に対して益々の不信感が募らないようにと願いたいものです。家庭教育、学校教育、地域教育のそれぞれの重要さなどについても過去に書き記したこともありましたが、そのすべて社会教育という位置づけであり、机上で学ぶものよりも家庭の親のしつけだけでもはなく、コミニュティーからだけ学ぶものでもなく、IT化された今日の社会では、あらゆる情報も誰にでも簡単に手に入ることから、社会の大人を見て子ども達は、物事の判断をするようになっているはずです。
とかく、人は子どもに限らず、楽な方へ楽な方へ進みがちになります。こんな大人がいるから自分もこれで良いやと、思わせてはいけないと思います。
古来から引き継がれてきました日本人として独自の倫理・道徳心というもの以前に、人としてどうあるべきなのか、考えなければいけないのでしょう。
見渡すと暗い事件や残念な事柄が多く目立ちますが、 “ 美しい国 日本 ” を象徴するような素晴らしい “ こと ” もたくさんあったはずです。
めまぐるしく変わる時代で、 “ 価値観 ” が明らかに変わってきています。
マイナスとして捉えるのではなく、“多様性”を認めながら、今後のあるべき姿を考え、導き出すことこそ大切なことなのでしょう。


2006年を振り返るキーワード
( 1) 核実験
( 2) 耐震強度偽装
( 3) 発射(北朝鮮ミサイル)
( 4) 安倍政権
( 5) 飲酒運転
( 6) 村上ファンド
( 7) いじめ
( 8) ヒズボラ
( 9) 履修
(10) 宇和島徳洲会病院
# by kumagaya-jc | 2006-12-27 16:46
JCの同窓会
JCの卒業については以前に書きましたが、JCはその年度ごとに役職が変わり役割が変わります。予定者の段階も含めて約1年半の間、その年度の役職を全うしていく中でメンバー同士、家族のように、時には家族以上に時間を共にすることがあります。
限られた期間ではありますが、濃厚な人間関係を構築し、信頼関係と友情が生まれる素晴らしいものです。そのたった1年で築かれた友情でも一生付き合える人間関係が構築されるものもあります。
その年度を全うしていく中で事業や例会などは報告書などを通して記録されているものです。しかし、その年度のメンバー同士の楽しかったり辛かったり悲しかったりした記憶は、それぞれ思い出として心の中に刻まれているはずです。
JCには、その年度の関わりのあった人々で集まって、卒業生を祝福したり思い出話を語り合ったりする同窓会というものがあります。これは、すべての年度やすべての組織にあるものでもなく、印象深かったり大変だった等など、ちょっとしたきっかけで行われるものもあります。
この12月の時期になると、企業人であり、青年経済人であるJCメンバーであれば、会社・仕事関係、友人同士、さまざまな組織・団体の忘年会が連日のように予定が埋まっていることと思います。加えて、その同窓会もこの精神的にも肉体的にも肝臓的にも忙しい
時期に行われます。
JC活動が長ければ長いほど、たくさんの同窓会があるわけですので、大変の一言です。しかし、いざその席に着くと、当時の思い出やエピソードの話で賑わい、その年度にタイムスリップしたようになります。
私も、2000年に入会以来、年度毎にいくつかの同窓会に参加させていただいております。
先日、私が委員長をさせていただいて時の同窓会もほとんどの委員会メンバーに参加いただきまして開催させていただきましたし、本日は私が委員長を務めさせていただきました2002年度の同窓会に出席させていただきました。
その会によっては、ほとんどが既に40歳以上のメンバー、すなわち卒業生の会もありますし、逆にほとんどが現役メンバーで構成されている同窓会もあります。
既に、いくつかを終え、これからもいくつか迎えるわけですが、その都度、感じさせていただくのは、この当該年度がなかったら今の自分は無かったということです。感謝、感謝です。
24歳の3月に仮入会させていただいて、会員交流委員会配属になり、組織のこともわけがわからずがむしゃらに先輩に言われるがままに毎日を過ごしました。その後、さまざまな人と出会い、多くを教えていただきました。
充実した1年を共に過ごさせていただくと、なぜかその翌年もその後もその人と共にタッグを、チームを組ませていただくことになります。役割・役職が変わり、取り組み方・関わり方も当然変わります。
基本的に同じ役職を2回行うことが無いJCにおいては、「初めてなのでわかりませんが、・・・・」という表現はできません。
ですから、過去の資料を引っ張り出して調べる、もしくは先人に学び、自分なりに結論を出して取り組まなければいけません。
役員や委員会メンバー同士でさまざまな経験を基に、とことん議論し合い、結論を出すことが重要です。まさに未知の可能性を切り開くことなのでしょう。その切磋琢磨の後に絆、友情が生まれてくるのでしょう。
もう一度そのメンバーでJC運動をやりたい、と願っても今となってはできないのですから、寂しいところもありますが、同窓会での顔ぶれは本年の達成感と、当時の懐かしさが交じり合い、皆さんとても良い顔をしています。卒業した後も、JCで学んだことがこんな経験にいきているとか、こんな活動をしているとか、先輩から話を聞かせていただくことも毎年楽しみにしていますし、先輩も現役の話を楽しそうに聞いていただいております。
本年度、共に築いていただいたメンバーとも、一生付き合っていきたい、いただきたいと思っています。

まさに、奉仕・修練・友情の3信条のもとにおいて、青年としての英知と勇気と情熱を持って、こんな場面でも“生涯JC”なのでしょう。

# by kumagaya-jc | 2006-12-26 23:58
夢を与えてくれるクリスマス
クリスマスもしくはクリスマス・イヴの日は、まちは華やかなイルミネーションで彩られ、多くの家庭では居間にクリスマスツリー、玄関にはクリスマス・リースを飾り、クリスマスケーキや鶏肉などを家族で囲んで食べ、子供にとってはこの夜、サンタクロースがプレゼントを持って来てくれるという、誰もが心ウキウキする夢みる不思議な日になっていることと思います。
クリスマスって何の日なのか皆さん知っていますよね。英語の「Christmas」ですが、これは「キリスト(Christ)のミサ(mass)」ということであり、イエス・キリストが約2000年前にこの世に生まれたことをお祝いする日のようです。
“メリークリスマス”とかけ声をかけあいますが、メリー(Merry)は、「楽しい」とか「愉快な」という意味であって、つまり「楽しいクリスマスを!」「クリスマスおめでとう!」ということです。
日本でのクリスマスは、サンタクロースがプレゼントを持ってきてくれるという風習が主たるものとなっていますが、サンタクロースの起源は、4世紀の小アジア(今のトルコ)に実在した、ニコラスという司教のようであり、ニコラスは、貧しい人や子供達を助けたことで多くの人に慕われ、後に聖人とされて聖ニコラス(Saint Nicholas)と呼ばれました。
ところが、19世紀に入るとサンタクロースが夢物語になり、トナカイのそりに乗ってやって来て、煙突から入って来るといった架空の人物としてイメージが定着しました。それからは、サンタクロースがクリスマスの主役となり、サンタクロースが子ども達に夢を与えてくれるものとなっています。
一年間良い子にしていたからとか、ご褒美に神様が届けてくれるような表現をしている方が多いのではないでしょうか。さらには友達同士・恋人同士でプレゼント交換を行う習慣になってきており、クリスマスの商戦にのせられてしまっているようにも感じます。
私は、『あしなが23会』というボランティア活動を行っている団体に所属しており、本日はそちらの取り組みの中で、社会福祉法人児童養護施設「雀幸園」のクリスマス会に参加させていただき、サンタクロースになって子ども達にプレゼントを渡してきました。
一人ひとり、子ども達に手渡しで、これからの寒い冬を快適に乗り越えられるように暖かい洋服を送ったのですが、本当に子ども達は嬉しそうに受け取り、恥かしそうに「ありがとう」と感謝されると私自身も嬉しくなりました。
私が幼い頃には、サンタクロースは実在するものだと、信じていました。朝起きると、枕もとにおもちゃがあり、おもちゃをもらった喜びとサンタクロースに会えなかった悔しさを今でも鮮明に覚えています。
一昔前は、ウルトラマンや仮面ライダーをはじめとする架空のヒーローだったり本当に実在するのではないかと思わせるような夢を与えてくれたり、恐怖を感じさせたりする人物などがいて、それを大人は子どもへの教育の中でも巧みに使っていたのではないでしょうか。
今日では、残念ながら架空の人物というと、漫画やゲームのキャラクターがほとんどを占めてしまうのが現状でしょう。
米国フォーブス誌が選ぶ『もっともリッチな架空の人物』のランキングから今年、サンタクロースが消えました。「サンタは“架空”ではなく“実在”の人物」というのが理由であり、子ども達の猛烈な抗議が寄せられ、ランキング対象から外すことになったようです。フォーブス誌が検証した結果、「世界各地の子供たちにおもちゃが届けられている」「子供たちがサンタへのお礼に用意したミルクやクッキーが平らげられている」などが確認されたことも根拠になったようです。
私が幼いの頃、夢を届けてくれたサンタクロースが、今の子ども達の間では存在しなくなったということは非常に寂しい限りですが、心の中に実在しているはずですし、それは大人になって気づくかもしれません。
現在のクリスマスの意味合いは本来のものとは、異なってしまっているようですが、一年間のご褒美としてプレゼントを神様が届けてくれる機会でも良いでしょうし、年に一度好きな人に想いを打ち明ける時でも良いでしょうし、感謝し夢を抱ける機会となれば素敵なクリスマスとなるでしょう。

いつまでも、子どもの頃の気持ちが甦る、夢を与えてくれるのがクリスマスなのでしょう。
夢を抱くことから、すべてが始まるはずですから・・・。
# by kumagaya-jc | 2006-12-25 04:16
でんきを消して、スローな夜を。
今日は冬至。
冬至は、二十四節気の一つで、北半球では太陽の南中高度が最も低く、一年の間で昼が最も短く夜が最も長くなる日のことです。二十四節気とは、1太陽年を日数や太陽の黄道上の視位置によって24等分し、その分割点を含む日に季節を表す名称を付したものです。
今日の冬至をさかいに、一陽来復、日脚は徐々にのびていきます。
また、南半球では昼と夜の長さの関係が北半球と逆転するため、天文学的な冬至とは別に、慣習的に「一年中で一番昼が短く夜が長い日」のことを冬至と呼ぶこともあり、南半球が慣習的な意味での冬至を迎える日は本来の夏至のことのようです。

日本では、この日にゆず湯に入り、冬至粥(小豆粥)やかぼちゃを食べると風邪をひかないと言われています。そして地方によってもさまざまで、中国北方では餃子を、南方では湯圓(餡の入った団子をゆでたもの)を食べる習慣があるようです。
「ゆず湯」は、厳しい寒さの中でも健康に暮らせるようにと、浴槽に柚子を浮かべてはいるお風呂のことです。ゆず湯は、風邪を防ぎ、皮膚を強くするという効果があり、湯につかって病を治すこと、湯治(とうじ)にかけているようです。
更に「ゆず」も「融通(ゆうずう)が利(き)きますように」という願いが込められているようです。
そして、「かぼちゃ」は、厄除けになる、病気にならないと言われています。かぼちゃの栄養成分の特徴は、なんといってもカロチン、ビタミンを多く含んでいることです。カロチンは、体内でビタミンAにかわって肌や粘膜を丈夫にし、感染症などに対する抵抗力をつけるそうです。「冬至にかぼちゃを食べると風邪をひかない」といわれ、冬にビタミンなどの供給源が不足した時代にかぼちゃは貴重なものだったのでしょう。
これらの風習は、江戸庶民から生まれたとのことです。

もう1つ、冬至の風物詩と言えば、そう、キャンドルナイトですよね。
6月の夏至と12月の冬至の日に、キャンドルナイトを呼びかけています。

今夜、20時から22時の2時間、みんなでいっせいにでんきを消しましょう。
ロウソクのひかりで子どもに絵本を読んであげるのもいいでしょう。
しずかに恋人と食事をするのもいいでしょう。
ある人は省エネを、ある人は平和を、
ある人は世界のいろいろな場所で生きる人びとのことを思いながら。
プラグを抜くことは新たな世界の窓をひらくことです。
それは人間の自由と多様性を思いおこすことであり、
文明のもっと大きな可能性を発見する
プロセスであると私たちは考えます。
一人ひとりがそれぞれの考えを胸に、
ただ2時間、でんきを消すことで、
ゆるやかにつながって「くらやみのウェーブ」を
地球上にひろげていきませんか。

これは、“ 100万人のキャンドルナイト ”の呼びかけ文です。

6月には、熊谷市内8箇所でキャンドルナイトが開催されましたが、冬至では各家庭・仲間同士・職場などで身近な人と共に過ごすことを、私達は呼びかけてきました。

ただ、でんきを消して、ロウソクを灯してみるだけで、いつも何気なく生活しているものとは何かが変わるはずです。

私も今夜は、一年間共に、地域のこと、青年会議所メンバーのことを考え、取り組んできました、大切な大切な青年会議所の仲間と共に、キャンドルを灯します。
一年間、“新熊谷を築くために”最優先に副理事長・専務理事・室長・事務局長・委員長という役職を全うしていただいた御礼と感謝の気持ちを伝える、キャンドルナイトにしたいと思っています。

みなさんは、どのような想いをキャンドルに灯しますか?
決して一晩限り、2時間限りではなく、この時間がきっかけとなれば良いのです。

さあ、みなさんも、でんきを消して、スローな夜を!

# by kumagaya-jc | 2006-12-22 18:18
これからを創る 交流会
以前に近隣LOMスポーツ交流については書き記しましたが、近隣LOMではなく、先輩が築いてこられました関係から始まったLOM同士の交流会も行われています。
近年続いておりますのが、川越青年会議所と加須青年会議所との交流会です。
まず、加須青年会議所との交流会ですが、加須青年会議所本年度鳥海理事長、2007年度谷山理事長、両専務理事にお越しいただきまして、先日熊谷の地で開催いたしました。
例年、それぞれの委員長をも含め交流会を行っていたのですが、本次年度の理事長・専務8名でより深い意見交換の方が良いのではないかとの事前の打ち合わせの中でこのような形で実現しました。特に谷山理事長は、2004年度にブロック協議会会員大会運営委員会委員長を務められたこともあり、私ども次年度主管いたします会員大会の話題が主なものとなりました。8名それぞれに過去のJC活動の中で知らず知らずのうちに関わりがあって、改めて両LOMの繋がりも再認識できました。
加須JCの山口先輩、関口先輩をはじめとします多くの先輩、私どもの矢野先輩、重竹先輩をはじめとします多くの先輩の関係からすべて始まった交流会です。先輩達が築いてこられました関係を大切にし、両LOMの今後の良い関係を築いていきたいと思います。さらに次年度鈴木専務をはじめたくさんのメンバーが節分の際にもお世話になりますが、今後とも宜しくお願いします。鳥海理事長をはじめとする加須JCの皆様、ありがとうございました。

そして、川越青年会議所との交流会ですが、2000年から始まりました。当時、川越JCの中野先輩が埼玉ブロック協議会会長を務められ、私ども熊谷JCの藤田先輩が運営専務を務められたことがきっかけとなり始まったものです。LOMでいえば、専務理事は理事長の女房役と例えられるように、ブロック協議会においても運営専務は会長の女房役でありました。そんな関係を築いていくためには、決して個人の繋がりだけではなく、バックアップしていくLOM同士の関係も良好でなければいけません。加えて、私ども熊谷JCは川越JCの設立に際してのスポンサーでもあります。2LOMの関係を越え、北部(現在はグリーン)エリアの熊谷JCと西部(現在はレッド)エリアの川越JCとの連携と結束を持って、埼玉ブロックをまとめていこう、という先輩の強い熱意から始まったものです。以来毎年、この時期に両LOMの次年度中核となるメンバーが集い、開催場所も川越と熊谷と交互に行っています。もちろん設立当初の経緯を受け継ぐことも大切ですが、今までの両LOMの関係を築いてきたメンバー同士が一年に一度会う楽しみな機会にもなっていますし、卒業生も参加し、お祝いする場にもなっています。
そして2004年から、きっかけを築いていただきました先輩から、これからの新しい両LOMの関係を築くためにも現役だけでやったほうが良いとお話いただき、以来現役メンバーのみの和気藹々?の中での交流会となっています。来年1月から始まる新年度において役割を担うメンバーですので、不安を抱く委員長予定者同士で、情報交換や事業手法についてお互いに学びあい、切磋琢磨する貴重な機会になっています。
交流の手法も年度年度によってさまざまであり、ゴルフを行って懇親会を行う年度、きっちりと懇親会だけを行う年度ありましたが、今年は、フットサルと懇親会でした。私ども熊谷JCが設営させていただき、私どもの活動エリアであります旧花園町(現在の深谷市)のフットサルコート、寄居町の料亭で行いました。北風の吹く寒い夜でしたがすぐに体も熱くなり、フットサルの試合結果こそは、熊谷の圧勝?でしたが、懇親会での意見・情報交換は相互に実りの多い、素晴らしい交流がはかれました。自分の担当する委員会を改めて説明することで自信にもつながり、同じ目的達成に向けて違った手法があることにも気付き、学べたようです。
遠方、寄居の地までお越しくださいました、川越青年会議所2007年度近藤理事長をはじめとしますメンバーの皆様、ありがとうございました。

来年は、川越の地、加須の地にそれぞれお伺いさせていただきますが、早くも今から大変楽しみです。
これからの青年会議所を創る上でも、歴史をきちんと認識し、経緯や想いを大切に継承しながら、現役メンバーのためになる、現役メンバーが必要な“かたち”の交流会を行っていくべきであり、大切にしていきたい両LOMとの交流だと感じましたし、これこそ、JCとして大切にしていかなければいけない部分なのだと思いました。

川越JC、加須JCの皆様、今後とも宜しくお願いします。

# by kumagaya-jc | 2006-12-21 15:39
最後の公務
本年度、理事長として組織内部だけではなく、対外的に組織の顔として組織を代表し、さまざまな行事に参加させていただいたり、協議会・審議会に委嘱いただいたり、関わらせていただいております。
理事長として、対外的に関わる重要性や役割の大きさ・責任の重さを感じた一年でありました。役職を全うするという事は、この熊谷地域のことのあらゆるものに興味関心を常日頃から抱き、知識として知っていなければいけないものであるとも感じました。
そういった意味からしても、多くの情報が交錯し環境がめまぐるしく変わる中で、毎日が勉強、そして即、実践の日々でした。
さまざまな最新の情報が入ってくるということは、人一倍高く、感度の良いアンテナを張っているわけであります。理事長として得た情報をメンバーに伝えることも大切な役割であり、責務として伝えなければいけないことでしょう。
そんな想いから例会などの挨拶の場面やこのブログ、そして直接メンバー一人ひとりと話をしてまいりました。
一年間の公務を改めて振り返ってみますと、どれだけメンバーに伝えられたのか疑問に思いますが、地域における熊谷青年会議所の理事長の役割・責任の大きさには驚かされますし、一年で留めることなく、引き続き共有に向けて取り組んでいきたいと思っています。

そして本日、理事長として最後の公務であるかと思います、熊谷市観光協会役員会があり、常務理事という役職を委嘱されていますので出席いたしました。
熊谷市の観光事業の振興を図り、もって地方文化産業経済の発展向上に資し、市民の福祉増進を期することを目的とするものであり、観光に関する調査研究をはじめ、情報収集・提供など目的を達成するために必要なさまざまな事業を行っています。
旧大里町、旧妻沼町合併に伴って新たに、本年度からそれぞれに支部が設置され、枠組みだけではなく、会員も増え、より大きな取り組みや事業が期待されています。
本日の役員会での議題は、平成19年度新年会、平成18年度先進観光地視察研修、さくら祭り、花火大会の日程についてでしたが、そのほかにも地域活性のための方法論などについても活発に議論されました。
ここで取り上げたいのが、先進観光地視察についてです。
観光協会の目的を達成に向けて、毎年あるテーマを定めて、その具体的な施策に取り組む先進地を視察し、熊谷にあった形で実現させているものです。
過去には、栃木県黒羽町では観光ボランティアについて、川越市では観光協会の法人化について、あきる野市では観光協会の合併について、川口市では産業観光について、そして本年2月の日高市では観光案内所について視察してきました。
その視察を踏まえ今年の事業として、“熊谷まちかど観光案内所”を開設しました。
これは、公募によって案内所を募ったわけですが、ピンクののぼり旗を目印に掲げ、観光案内マップやガイドブックを設置しています。
現在、市内の6箇所がこの案内所になっていますが、ゆくゆくは設置箇所も増やしていく必要があるでしょうし、ただ無人の案内所ではなくそこにいるボランティアガイドさんが観光スポットを案内、説明してくれるようなしくみが加わると良いのではないでしょうか。
そして、来年2月に視察予定なのが、小山市です。小山市では平成14年に「小山ブランド創生協議会」を組織し、現在までに地元産品35品目を「おやまブランド」として選定し、情報発信に取り組んでいるそうです。
現在、“雪くま”や“ミニくま”に代表されるように「熊谷ブランド」づくりに取り組んでいて、開発・支援などの参考とするために小山市の視察に決定したようです。
今後、地域のアイデンティティーを活用したまちづくりを行う上で、地域ブランドづくりは必要なことなのでしょう。
そして、何よりも熊谷のアイデンティティーと言えば、“歴史と伝統文化”なのでしょうから、子どもの世代から、いかにこの地域に興味関心を持って、好きになって、誇りを持てるようになるのか考えていく必要があるのでしょう。
この地域に暮らす自分たち自らが好きでなければ、その魅力を外に発信なんてできるはずがありません。
お祭りや花火大会などの一過性のイベントも大切なのかもしれませんが、日常の中での“魅力”の発信こそが、持続可能な地域の必要な要素でしょうし、証なのでしょう。

わたし達市民のほとんどが、多くの資産に恵まれているという、その魅力に気付いていないのかも知れません。

気付けば、もっと好きになるはずです、この熊谷を。


# by kumagaya-jc | 2006-12-20 19:05
ウイルスによる影響
食中毒は夏に起こりやすいと思っている人が多いでしょうが、冬に感染性胃腸炎を起こす“ノロウイルス”が、蔓延していて毎日の新聞紙面を賑わしています。
このノロウイルスというのは、人だけに感染し、腸管で増殖、下痢や嘔吐を引き起こす小型球形ウイルスで、手や食品などを介して経口感染するようです。24~48時間の潜伏期間後、突如発症するという恐ろしいもので、健康な人は1~2日で治癒し軽症ですむようですが、子供やお年寄りでは重症化したり、吐いたものをのどにつまらせ死亡することもあるという危険なウイルスです。
今年は、このウイルスの中でも「GII4型」という感染力の強い遺伝子を持った種類が猛威をふるっているようで、ノロウイルスはカキなど貝類の消化管で濃縮され感染するほか、患者の排泄物が乾燥して空中に浮遊したものが、経口で感染するケースもあると報道されていますが、いつ、どこで感染してもおかしくないものなのでしょう。
ノロウイルスは、1968年に米国オハイオ州ノーウォークにある小学校で胃腸炎が集団発生して発見され、ノーウォークウイルスと言われていたものが始まりのようです。正体はわかってきたものの、人工培養が困難で治療の研究がなかなか進まず、ウイルスの変異型が多いことなどから、2度3度と感染する恐れもあるようです。
未だ特効薬は見つかっておらず、効果のある抗ウイルス剤もなく、治療は点滴による水分と栄養の補給といった対症療法しかないようです。
人の多く集まるところに近寄ることも危険な行為であり、まさに見えない敵に対処するには、まず手洗いを頻繁に行うとか、うがいをするとか清潔にすることが大切なのでしょう。

そして、このノロウイルスの過去最悪の流行は個人の健康状態を悪くするだけではなく、
さまざまな業界にもウイルスが蔓延し、悪化してしまってきているようです。
宿泊客の集団食中毒が発生してしまった温泉地では、一年中で最も忙しいはずの年末年始が予約状況にも空きが目立ち、困惑しているようです。当然、飲食業・旅館業として食中毒などの安全には十分に気をつけてはいても、偶然に宿泊客の一人がウイルスを持ち込んでしまい、事態は急変しまっただけなのです。世間から一度受けたマイナスイメージはなかなか抜けないでしょうし、温泉地全体の取り組みとして乗り越えていかなければいけないでしょう。まさか、温泉の効能の一部にウイルスに効くなんてことは無いのでしょうが、抵抗力を付けて、ウイルスを寄せ付けないという効果は期待できるのでしょう。
そして、ウイルス感染の象徴的な食品とされているのが、何と言っても“カキ”でしょう。
一方で、寒い冬にあったまる鍋の代表食材ともされるのも“カキ”でしょう。
通常であれば、カキ入れ時であるこの時期にも関わらず、今年は販売量が3分の1程度に激減し、悲鳴を上げているようです。
しかしながら、カキからノロウイルスが検出されることはあるが、加熱すれば問題ないとされていますし、今回の食中毒では1件も原因にはなっていないようであり、風評被害が深刻になって、問題を引き起こしているようです。

逆に、ウイルスの蔓延によって好景気を迎えている業界もあり、ウイルス検出試薬を扱う検査薬メーカーや、予防効果があるとされる次亜塩素酸系のハンドソープや除菌剤を販売しているメーカー等では需要に対応するのが大変なようであり、加えて一般エンドユーザーである市民から相談センターへの問い合わせなども殺到しているそうです。

厚生労働省によると、12月初頭の1週間に、全国の医療機関から報告されたノロウイルスを主原因にする感染性胃腸炎の患者数は6万5千人を上回り、過去最悪の事態のようです。
報道によると、今後益々拡大し、100万人にも1000万人にものぼるとされています。
菌やウイルスというのは、目にも見えず、形もわからない、ましてや予防策や対応策もわからない本当に、怖いものです。
大げさな極端なことかもしれませんが、人類滅亡へと至ってしまうほどのウイルスや菌が発生しないことを願ってやみません。
先の戦争で、日本軍によって細菌兵器の使用や細菌爆弾の投下があったとされていますが、単なる外傷被害だけではなく、精神的かつ継続的な被害があったことは想像できます。
北朝鮮の核開発所有問題が続いておりますが、同じように予防に向けた取り組みが必要なのでしょう。
ウイルスの蔓延した影響によって、改めて平和な社会についても考えさせられました。

日本国民は恒久の平和を念願し・・・・と日本国憲法 前文に謳われているとおりに。
# by kumagaya-jc | 2006-12-19 15:47
「今年の人」は、「あなた」
年末のこの時期になると、“今年の○○”とか“○○オブ・ザ・イヤー”などというように各部門や分野の象徴的なものや人を選んだりして一年を振り返ります。その方法は自薦、他薦などさまざまですが、基本的には多くの人による投票やデータに基づいて選ばれるケースが多いようです。
そんな中、米誌“タイム”によって、毎年恒例の「今年の人」(パーソン・オブ・ザ・イヤー)の発表があり、「あなた」が選ばれました。
世界中の人々がインターネットを通じて情報を発信、コミュニケーションのあり方を変えたとして、「デジタル民主主義の市民」が今年、最も影響力があったとしました。
今日、発売された、“タイム”誌の表紙にはコンピューターが描かれ、その画面部分が鏡のように反射する仕組みになっていて、雑誌を手にした人、つまり「あなた」が今年の人を示すようになっていました。
この「今年の人」とは、1年間で最も話題となり、影響力があった人物を選出する企画で、1927年から行われていて、2004年はブッシュ米大統領、昨年はマイクロソフトのビル・ゲイツ夫妻らが選ばれています。そして、2003年には今年と同じように個人名ではなく、「米兵士」というのが選ばれていました。
尚、今年の候補者には核実験実施などで世界を騒がせた北朝鮮の金正日総書記もあがっていたようでした。

インターネットを活用している人なら聞いたことがあるでしょうし、サイトを覗いたこともあるでしょう、ユーチューブ・ウィキペディア・マイスペース、これらが、タイム誌が「今年の人」に選んだ「あなた」に会える場所のようです。
ユーチューブとは利用者投稿型の動画サイトであり、ウィキペディアは利用者参加型の百科事典プロジェクト、そしてマイスペースは、会員に情報交換や出会いの場を提供するソーシャル・ネットワーキング・サイトのことです。
今回の“タイム”誌の指し示している「あなた」というのは、こうしたインターネットサービスの利用者のことをいいます。今までのように雑誌などの本の中で読者のことをあなたと指しているのならまだしも、今回のように雑誌の読者すなわち「あなた=ネット利用者」という認識は、ネットの普及率の高さのみならず、万人に利用されているネット社会というのも指し示しているのでしょう。
言い換えると、2006年はインターネットが先進的であったり特別であったりすることがなくなった年、としての表現のひとつなのでしょうし、これに象徴されるのかもしれません。
あらゆるものが、インターネットによって指し示されるだけではなく、マスコミ以上に政治や経済をまでを動かしてしまう存在になったのでしょう。
気軽に利用されて便利になったというプラスの側面もあるものの、さまざま繰り返される著作権侵害や個人情報の漏洩など、犯罪に繋がってしまうようなマイナスの側面も多々あるので注意が必要なのでしょう。
こんなことを“タイム”誌では、「ウェブ2・0は大衆の英知と愚かさの両方を引き出す」と表現し、私たちが「ウェブ2・0」を使ってたどり着く先は、「あなた」であるわれわれ自身にかかっている、と懸念していました。
そのとおりなのでしょう、自分自身を知ることが最も重要なものではないでしょうか?
そして明らかに、自分自身を知ることは最も難しいことのひとつです。
普段、自分で自分を見るという場合、それはつねに自分の都合のいいようにしか見ないものです。
その他、知らず知らずのうちに、他人という鏡に反映された自分自身を見ます。 そして、私たちが苦しみを共有しているということを理解してはじめて、自分自身をも理解できるようになるのでしょう。
ネットを使ってさまざまに、他の人々に対して面白おかしく投稿したりしていますが、それも自分自身に必ずや返ってくるものなのでしょう。
他人という鏡に映った自分に対してですから。

しかしながら、良い側面もたくさんあるでしょう。
文章を書くのが苦手だった私にも、ブログというツールを使って、毎日こうして文章を書くことができるようになったのですから?!(自己評価:きちんと書けていなかったら、ごめんなさい。)

そういう意味でも、ネットを活用した人なら、わたしも含め
「今年の人」は「わたし」自身なのでしょう。
# by kumagaya-jc | 2006-12-18 18:24
卒業式を終えて “感謝!”
本年度、最終例会となりました第12回例会卒業式がおこなわれました。
4名の卒業生のみなさま、本当におめでとうございました。
そして、卒業式例会開催に際しまして、多くの特別会員のみなさまにご出席賜りまして本当にありがとうございました。
第1部は、厳粛な雰囲気の中での式典、第2部は、卒業生を囲んでの祝賀会でした。
まず式典ですが、新井副理事長の身も引き締まるような開会宣言、そして卒業生並木君の18年間の想いがこもったJC宣言朗読、綱領唱和並びに新熊谷創造宣言唱和、これには鳥肌が立ちました。あれほど気持ちの入ったJC宣言は聞いたことがありませんでした。思い起こすと、当時、2002年並木理事長の時からJC宣言が変更になり今の宣言文になり、同年度の創立50周年の記念式典にて新熊谷創造宣言が発表されたのです。当時、私は委員長をさせていただいておりましたから、その当時の並木理事長の本当に苦労されている姿を見させていただいておりました。しかしメンバーには辛い姿を見せず理事長職を全うされておりました。そんな当時のことを私も、並木君のJC宣言朗読の最中には思い出しましたし、並木君の脳裏にも走馬灯のように甦っていたに違いありません。まさにすべての想いがこもった宣言でした。
そして、私から卒業生のみなさまお一人お一人へ卒業証書を読ませていただき、渡させていただきました。登壇して卒業生と向かい合い、目の前に立つと、失敗しないようにという緊張感ではなく、一文字一文字大切に、読み上げていく中で当時の活動が甦ってきて、一秒でも多く読み上げていたい、と思った心境でした。読んでいる最中も卒業生の表情を見ると、私自身涙が出そうになり見られなくなる場面もありました。
想像以上に感動し、卒業証書を読ませていただきまして本当に幸せでした。
そして、第2部では、卒業生それぞれのJC生活を写真や当時の関係の深かった人からビデオレター、スピーチなどで振り返る中で、自分と置き換えて考えてしまう場面もあり、感無量でありました。
みなさまそれぞれに入会年度こそ違いはありますが、精一杯のJC生活を送られたのだと感じ取れ、涙もありましたが、寂しさというより、達成感ややり残したことのないような満足感からホット安心なされている感じを受けました。
私も4名のみなさまに感謝と御礼の気持ちでいっぱいになったと同時に、卒業生の強い強い想いそして熱意を引き継ぎ、これからも頑張らなければ、と身の引き締まるおもいになりました。
卒業される4名のみなさま、それぞれから教えていただいたことはたくさんありました。
ほんの一例ですが、並木君からは01年日本JCに共に出向させていただき、02年理事長年度に委員長をさせていただき、風間君からは議長を務められた時の会議体メンバーとして、大石君からはくまがや市民活動ふれあいネットワークメンバーとして、金子君からは委員長をさせていただいた時の同期の委員長として、さまざま限りなく思い出されます。
4名のみなさま、本当にありがとうございました。
今後の地域でのご活躍をお祈りいたします。

最後に、昨日の卒業式を担当いただきました、関根委員長をはじめとします会員交流委員会メンバーのみなさま、ありがとうございました。
立場的にもそう感じてしまうのかもしれませんが、これほどの“感動”のあった卒業式は未だかつて、なかったと思います。

すべてのみなさまに感謝いたします。

ありがとうございました。

# by kumagaya-jc | 2006-12-16 18:14
第12回例会卒業式を迎えるにあたって
いよいよ本日、本年度最終例会を迎えることとなりました。
最終例会は、本年度卒業されます、昭和41年生まれの4名の卒業生の皆様の熱い思いを受け継ぎ、感謝と御礼の気持ちを持って特別会員の皆様とお祝いするものと、本年度の最終例会でもありますので一年間のまとめを意味するものでもあります。
卒業生の皆様一人ひとりが、JC活動の中で得た達成感・満足感をメンバー全員で共有することにより、お互いの絆を深め、組織全体の価値の更なる向上を図ります。
4名の皆様、それぞれに入会年度こそ違いはありますが、精一杯のJC生活を送られたことと思います。青年会議所を卒業される寂しさとホット安心なされている複雑な心境をご察し致しますが、私も4名の皆様から本当に多くのことを教えていただきました。皆様の想い、熱意を引き継ぎ、これからも明るい豊かな社会の実現に向けて取り組む所存でございます。卒業された後も、現役メンバーに対して引き続きましてのご指導、ご鞭撻を宜しくお願い致します。
本日は、卒業式例会でありますので、それぞれ皆様のJC生活を振り駆りながら感謝と御礼の気持ちを持って現役メンバー一丸となって取り組ませていただきます。
どうぞ現役最後の例会が最高の思い出となりますように、楽しんでいただきたいと思っています。
卒業って、学生以来かと思います。
学校や教習所などで卒業するという表現をしますよね。
つまり、JCも学び舎として捉えられ、人生における基礎を学べるところなのだと思っています。社会に出て、教えてもらえないことをJCという組織では営利非営利無しで教えてくれるものです。
20歳から40歳までと年齢制限のある「奉仕」「修練」「友情」の三信条のもと明るい豊かな社会の実現に向けて取り組む組織が青年会議所です。20歳以降何歳で入会したにせよ自動的に40歳になると追い出されてしまうものです。
人と人が心を裸にして付き合える組織はそうはあるものではありません。自分が入会した頃、先輩達がとことん教えてくれました。それが今では教えていかなければいけない立場であります。
2006年度を迎えるにあたり、何度も何度も熊谷青年会議所設立趣意書を読みくだき、青年会議所としてどうあるべきなのか考えました。
『大きくは日本経済の再建と充実、小さくは郷土熊谷の発展を図るための商工業の振興は私達熊谷に居住し実業に従事する青年経済人の双肩にかかっていると謂うも過言ではない。』
このくだりに始まる設立趣意書は、青年会議所として何をすべきであるのか示唆しているように思います。
1952年の設立当初は、戦後から僅か7年後の、まさに地域の復興、社会の発展を願い志を同じくする青年が熱い思いを持ち立ち上がりました。
そして現在、今日における私達の生活は、取り巻く環境の変化への対応が間に合わず、従来のバランスが崩れ、あるいは行き詰まりを見せ、価値観は多様化し、大きく社会は変わりました。
我々を取り囲む環境が変わろうとも、青年会議所としての創始の心及び理念をきちんと継承していかなければならないと考え、今の時代にあった青年会議所運動とはどのようなものなのか、私達を取り囲む環境の変化に応じた今後の青年会議所のあり方を今の現役メンバーと共に考えなければいけないと強く感じ、本年度スローガンを「動く! 新たなJC世代として ~新熊谷を築くために~」と掲げ、一年間運動展開してまいりました。
市町村合併が進み、新熊谷市にはなったものの混迷としたこのような時代だからこそ、広い視野と主体性を持って青年らしく行動し、夢や希望に満ちた活気あふれる熊谷を創ります。と新熊谷創造宣言にも謳われています。

総括スピーチでは、特別会員と現役会員の皆様への御礼と共に、どんなことを狙い、どのようなことを取り組んできたのか、そして、一年間理事長職を全うさせていただいて、感じたことを話させていただきたいと思っています。
最後の理事長としてのスピーチに一年間の想いを託して・・・。

# by kumagaya-jc | 2006-12-15 04:55
今年の漢字
2006年の世相を象徴する「今年の漢字」に 「 命 」 が決まりました。
財団法人日本漢字能力検定協会は、漢字の奥深い意味を伝授する活動の一環として、毎年年末に全国公募によって1年の世相漢字を決定しています。
漢字の日にあたります12月12日をいい字一字として捉えて、今年の世相とともに漢字の持つ奥深い意味を認識していただくこと、漢字に対する関心を深めて日本語の中核となる漢字が持つ奥深い意味を学ぶ機会を創出し、同時に日本文化への認識を深めることがねらいのようです。
この漢字の日に、京都の清水寺で発表され、森貫主が清水の舞台で、縦1.5メートル、横1.3メートルの和紙に力強く書きあげられましたが、92,509通の応募があり、 「 命 」 が8,363票(9.04%)を集めて1位になりました。
まとめると「命」に笑い、「命」に泣き、「命」に不安を覚えた年だったようです。
理由としては、1つ目は何と言っても、秋篠宮紀子さまが約40年ぶりに親王「悠仁さま」をご出産され、日本中が祝福ムードに包まれましたことによること、2つ目は、いじめによる子供の自殺をはじめ、生活苦による高齢者の自殺など自殺のニュースが相次ぐ中、履修問題の責任をとって校長も自殺したことによること、3つ目は、飲酒運転による交通事故死、虐待による殺人事件、竜巻など自然災害による突然の死、そして、ペットの大量処分などに心を痛めたということによること、そして4つ目は、北朝鮮で核実験が行われたことや、医療制度改革による高齢者の医療費負担の増大、臓器移植問題、医師不足など、命に不安を覚える出来事が数多く挙げられたことによるようです。
そして2位が 「 悠 」 、3位 「 生 」 となっていましたが、応募総数も過去最高であり、いづれの理由からもいえますが、ひとつしかない命の重み、大切さを痛感した年だったのでしょう。
「命」は脈々と続いてきているものです。人間は、一人ではどうにもならず、多くの人に支えられながら生きていくものです。
特に本年、私は、本当に多くの人に支えられ、多くの人との出会いから多くのことを教えていただきました。
「動く! 新たなJC世代として ~新熊谷を築くために~」とスローガンのもと、私の中での漢字一文字はやはり 「 動 」 なのでしょう。
青年として、使命感をもって前例にとらわれず、多くの人にお会いする中で動いた一年でした。
もしかすると、本年お世話になりましたあらゆる皆様に感謝する 「 礼 」 であったり、 「 絆 」 という気持ちを表す文字もふさわしいのかもしれません。
「 新 」 という文字のもとに新しいものへの取り組みというものもあったでしょう。
そして、理事長としてあらゆるものへの挑戦から 「 挑 」 という文字でも良いでしょう。
私個人的には、あらゆることが多くありましたので、決めがたいものがあります。

いずれにしても一度しかない 「 命 」 、自分を磨きながら、楽しいものにしていきたいものです。
# by kumagaya-jc | 2006-12-14 04:46
ホタルの保護
ホタルは、きれいな空気や水、土壌、そのほかあらゆる環境が整っていないと生息していませんし、例え幼虫を放ち、育てようとしても難しいでしょう。
自然の里山の象徴的な存在であり、全国的に見てもさまざまなところで、自然を残そうという名のもとにホタルの保護運動が行われています。
自然環境問題に取り組むNGOやNPOが非常に多くなってきている今日では、 ホタルに関わる人々の関心の的は、ホタルを一匹でも多く出したい、見せたいということになっているようです。
美しく光るホタルのひかりは、とても科学技術では開発できない、電灯もなければ花火や炎でも無いが故に、町おこしの材料や観光資源にされて、人集めに使われてしまっている場合が多いのではないでしょうか。
人間がそんな自分本位なことをしていたら、どんなに素晴らしい里山が残っていたとしても、やがてホタルは減少し、その生息環境にも関心をもたない人達が多くなってしまうのでしょう。
間違ってもそんなことにならないようにと、現在では保護条例を制定して行政と市民が共に取り組んでいる地域もあるようです。
熊谷市の隣町、江南町がまさに埼玉県では唯一、ホタル保護条例を制定しています。そして、
熊谷市は来年2月に江南町と合併することに伴って、同条例の精神を引き継いだ「ホタル保護に関する条例案」を新たに制定しました。
江南町は荒川沿いの清流に恵まれ、年々減少するゲンジボタルの生息地の保護を目指し、1998年ホタル保護条例を制定した。江南町全域を保護地域として、幼虫が水中から陸に上がって成虫に育つ4月、5月、6月の間は、農薬散布や草刈りなどを規制しています。
何よりも住民による保護活動のたまものですが、条例の規制も実を結び、江南町の押切、樋春、柴などの7か所にホタルの自生地が残っています。
毎年ホタルが飛び交い、県内のみならず近隣からも、大勢の見学者が訪れる、夏の夜の風物詩となりました。
新たな熊谷市のホタル条例は、このようなホタル自生地の保護継続に加えて、熊谷市全域に自然保護意識を広げるのが狙いのようであり、条例の目的を、「清らかな水環境の指標の一つであるホタルが市民に潤いを与えるかけがえのない資産であることをかんがみ、市民と市が一体となってホタルの保護を図る」としています。
具体策として、「環境審議会」が、現地確認などの手続きを経て、自生地の重点区域指定をおこない、指定された区域内では、ホタルの捕獲、カワニナなどえさの貝類の採取、幼虫が上陸する期間内の草焼きや除草剤の散布など、生育の妨げとなる行為が禁止とするようです。
江南町に生息しているホタルですが、市町村合併によってエリアを広げ、熊谷市全域に生息できたらどんなに素晴らしいことでしょう。
重点区域を指定して保護していきながら、市民全体に意識が広がれば、実現できるのではないでしょうか。
これには行政と市民が協力しなければできないことなのでしょうが、たとえ僅かな数でもこうした保護活動の結果、飛ばすことができたホタルこそ、そこに定着し、未来へつなげる゛みんなの資産゛になるのではないでしょうか。
ホタルが飛んでいるという光景だけを評価するのではなく、そこに暮らす人々の心こそ、きれいなものでないといけないのでしょう。
ホタルこそ、自然環境・里山環境に加えて何よりも、素晴らしい人間環境の象徴なのです。

# by kumagaya-jc | 2006-12-13 21:39
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